文字の海。言葉の星。

▽ しゃかい の ごみ

生きる理由。の話。


死にたがりの私に誰かが説く。



“人は皆いつか死ぬんだよ、そんなに急がなくてもいいじゃない。

生きることは尊いことなんだよ。”


なんだ、それ。


どうして人を殺しちゃいけないんだろうって言ったら、生きることは尊いからだって。


どうして死んじゃいけないんだろうって言ったら、生きることは尊いからだって。



なんだ、それ。



生きることが尊いとされている人は、無条件に愛情を注いでくれる人が誰かしらいるから尊いんだろ。


殺されたら、死んだら、涙を流してくれる人がいるから、死んじゃダメなんだろ。



それじゃあ、私は?



希薄な人間関係ばかりを築いてきた、私は?

楽しい雰囲気の上澄みばかり舐めてきた、私は?

無条件な愛情なんて知らないの。




誰が泣いてくれるの。誰が悲しんでくれるの。

誰が私を愛してくれるというの。



つまり、私の生は尊ばれるものではなく疎まれるもので、だから私は生きてるから死にたいと感じるのではなく、死にたいからこそ生きている。



死に固執している。


私の生きる目的は、生きる理由は、死そのものである。









帰り道は夜の匂いがする。


寂しいような、優しいような、静かな匂いがする。


星の声がぱちぱちひそひそ聞こえてくる。


きらきらと冷たい空気が肺を満たす。


私はちょっと立ち止まって空を見上げる。


この世の全ての疑問に首を傾げてみたりする。


その内思考を投げ出すと、また一歩また一歩と進んで行く。


道は果てしなく永遠に続くように思う。


でも、それは安っぽいセンチメンタルの演出で、私はすぐに人工的な明かりの元へたどり着いてしまって興醒めする。


私は人間なんだ。


何にでもなれる気がしていたのに。


お姫様でも蝶々でも戦士でも人魚姫でも、なんにでもなれる気がしていたのに。


今、暗い道を歩く私は私という人間なんだ。



帰り道は夜の匂いがする。

ひとりぼっちのよるの匂いがする。


人魚。

あたしは人魚。


夜を泳ぐ人魚。


星屑が鱗にまとわりついてキラキラするの。


呼吸の仕方なんてもう忘れちゃった。

必要ないでしょう?


あなたと二人っきり、宇宙の片隅にそっと投げ出されて、ねぇずっとキスしていよう。


あなたは王子様。


火星も木星も金星も、全部あなたのものね。


土星の輪っかで王冠を作りましょう。


必要なものは抱き合う腕。

他に何がいるっていうの?


あなたと二人っきり、世界で二人ぼっちになっちゃってさ、ねぇずっと離さないで。


流れ星を捕まえてどこに行こうか。

次の場所に行くまであと何億年かかるかしら。

たくさん話をしよう。

浮かんで消えてく泡みたいなことを。


あたしたちの境界が無くなるまで融け合うくらいに一緒にいようよ。


また出会えるように。

思い出せるように。


あたしたちは宇宙の星のひと粒。

おとぎ話の1ページ。


あたしたちには何も無いね。

昨日も今日も明日も。

世界に何も残せなくても、それでもいい、それでいいの。


あ、

  そ ろそろ、


     まぶた、おも


            い、の。

お 

   や  

 す  み


         い。

セックス依存症。のはなし。


「ねぇ、私のこと好き?」


「うん。」


「じゃあセックスしよう。」



僕は何も言わない。何も言えない。

彼女は相変わらず綺麗で儚くて可愛くて、危うい。


「ねえ、セックス。セックスしようよ、ね?」


いつからか君はそれに依存し始めたね。

僕はまだ口を開かない。石のように押し黙ったままただベッドの縁へ腰をかけている。


「なんで。してよ、セックス。私のことほんとに好きならセックスしてよ。」


僕が沈黙を保っていると、とうとう彼女は怒りながら泣き出す。


「うん。…ごめん。」


彼女の肩に手をかけて、少しでも優しくしたい思いで額から口付けていく。


「ん、あは、焦れったいよ。」


すると彼女はだらしなく淫靡に笑う。

悔しいのは、そんな風に笑ってみせても、やはり彼女が美しいということ。


彼女の望み通り、僕は彼女と繋がった。


「ん…もっと。」


華奢な身体がベッドと一緒に軋む。


「まだ、ねぇもっと。」


彼女は多分、酷くして欲しいんだろう。


こんなのはただの欲の貪り合いだ。虚しい。…悲しい。

これが愛を確かめ合う行為だというのなら、僕はどうしたら良かったのだろう。


だって、でも、僕好きなんだ彼女が、どうしようもなく。




「………ねぇ、来週の土曜日空いてるかな」

「え、空いてるけど、どうして?」


セックス後特有の倦怠感に身を包まれてベッドの中で微かに寝返りを打つ。


「うん、海でも見に行こうよ。」


せめて、せめて。たった一つでもいいから綺麗なだけの思い出が欲しい。

1回だけでいいんだ。そしたら僕はそれを宝物にして、君を好きでいられる。


君をちゃんと、愛しているんだって僕は僕自身に言ってあげられる。


「あはは、海?うん、いーよ」

「えっ、ほんと、」



「あ、待って、電話。もしもし……、あ、タクミ?うん…、うん。…えー!?行く行く!来週の土曜日?空いてる空いてるー!」


「…………。」


「うん、また連絡するねー。はーい。バイバイ。」


「……あ、の」


「ごめん、来週の土曜日セックスしてくるから行けないや。ふふっ。」


そうして彼女は、また花みたいに笑った。

世の中が私を仕立て上げた話。


あたしは生まれ変わったら鳥になりたい。

だってそうすれば自由に空を飛べるから。




最初は良かったの。そう、最初のうちは。


いつもニコニコしていて、明るくて元気。どんな時でもポジティブ。とにかく笑顔。

世話焼きで凄く良い子。とにかく面白い子。


それ以外のあたしなんて要らないんでしょう


いいの、ずっとそうやって生きてきたから。いいのいいの、慣れっこだし。


最初は良かった。そう、最初のうちは。


かけっこで負けて悔しくたって、平気だよって笑って。

クラスでいじめられてる子がいたら興味なんてないけど、大丈夫だよって笑って。

進学して新しい教室で不安と緊張ばかりなのに、周囲の為にバカなことをやって笑って。

なんにも面白くないけどいつもいつも笑って。

だってそうしたらあなたたちだって笑ってくれたじゃない。

それ以外のあたしなんて要らないんでしょう。


全部変わったのはクラスのミカちゃんの1言。たったの1言。


クラスメイトが事故で死んだ。

だから笑った。仕方無いよ、こういうこともあるよって。

そしたらミカちゃん、あたしを指差してオトモダチとひそひそお話してたの。 

「なんかあの子変じゃない。」

「気持ち悪い。」

「頭おかしいわよ。」

って。


ウサギ小屋のウサギが1羽死んだ時にもあたしは同じことをした。


そしたら、そうだよねって言ったじゃん。いつまでもクヨクヨしてても仕方ないよねって。

あたしの笑顔を見るとなんか元気出る、ありがとうって。ありがとうって言ったじゃん。


ウサギとヒトの命は、魂は、運命は、一体何が違うというのよ。


でもね、ミカちゃんがそう言い出したらもう止まらない。

たったの1日であたしはとっても良い子から異常な子に変身を遂げたのでした。


今日なんか、あんたは本心が見えないから気持ち悪い、なんて言われて水かけられた。あー寒い。

机には、上っ面だけの偽善者なんて素敵なペイントされちゃったりして。



うーん、困ったな。


だってだって、あのね。




あたしというあたしを殺したのはお前らなんだから。


お前らがあたしを殺したんだ。


あたしという人格、あたしという心、あたしという人生。


望んだのはお前らの方じゃないか。

良い子じゃないあたしなんて、笑顔じゃないあたしなんて、そんなの要らないくせに。


ずっとこうやって生きてきたのに。

お前らの望むあたしを、あたしは生きてきたのに。

今更、歪で得体の知れない仮面の下の私を、あたしにどうしろというの。






あたしは生まれ変わったら鳥になりたい。




M。

君に噛み付く。君は笑う。

君のふっくらとした下腹を殴る。君は嘔吐する。そして笑う。

君の首を締める。君は目を細める。そして笑う。

君とセックスをする。君は少し痛がる。そして笑う。

君に好きだという。君は怪訝な顔をする。冷えた顔で興醒めだと僕を突き放す。

君は笑う。体を重ねた僕の向こうに、僕じゃない人を見て笑う。
気持ち良いことは好き。痛いのはもっと好き。って君は言う。

僕も気持ち良いことは好き。歪んだ君の顔も好き。


だって、僕も君を抱いている訳じゃない。君を抱きたい訳じゃない。

頭の中であの子を汚す。君の体を介して、生々しくあの子を汚す。好きで好きでどうしようもないから、あの子の代わりに君と繫がる。

君は僕を愛していない。僕も君を愛していない。
僕はあの子に愛してもらえない。君も誰かさんに愛してもらえない。

僕らはこんなに一人ぼっちだ。 


一緒に死のうか。

夢で死ぬ話。

夢で死んだ。夢の中で死んだ。

それはもう思いっきり死んだ。

他殺なのか自殺なのか分からないけど、ただ死んだ。

死ぬことは心地良かった。

深い底無し沼のような温かい暗闇にずぶずぶと沈んでいくようなかんじ。
母親の胎内へ帰るみたいに思えたそれは私にとってとても心地良くて優しいものだった。

私は死んで初めて、生まれた意味を理解した気がした。

満足だった。全てが満たされていた。
痺れるような幸福感に全身を支配され、私は動けずにただ落ちていった。

夢なのか現実なのか、分からなかった。

今も。