ポップでキュートな彼女たちの恋愛事情②
「ねぇしーちゃん、あたしの手首切って」
目の前にカッターナイフが突き付けられる。
河本凪子、もといめろ子はいつものようにニコニコしている。
あ、でもこれ違う。目が虚ろだ。いつものめろ子じゃない。
私達は恋人だ。
最愛の恋人。
愛情不足な彼女を私が心の底から愛してやる代わりに、いつか彼女が私を殺してくれる。
そういう“契約”。
何か変なことでもある?
だって“恋人”って“契約”関係でしょ?
私達は何もおかしなことなんてしてないわ。
少し歪なだけよ。
「しーちゃん、早く切ってよ、あたしの手首。ほら、ここのとこ、ね。なるべく深くね、早く、ほら。」
めろ子は刃が収まった状態のカッターの持ち手部分を私の胸元にぐいぐいと押し付けて迫ってくる。
彼女の瞳はまだ鈍い。
「クラスの奴らがね、自分で手首切るの異常だって言うの。違うのに違うのに、あたしは異常なんかじゃないのに。自分で自分を傷付けるなんて頭おかしいって、皆がそう言うの。皆があたしを仲間外れにするの。」
「めろ子、」
「人から傷付けられるなら異常じゃないよね?そうだよね?あたしは異常じゃないよね?ちゃんとできてるよね?」
この子は時々、死にたがりの私より死にたがりで危うい。
「だからしーちゃん、私の手首早く切ってよ」
あぁ、ダメよめろ子、自分でそんな髪の毛引っ張っちゃあ。
あんたのピンクの髪の毛、私の重たい黒髪と違って綺麗なんだから。
泣きじゃくる恋人がひどく幼く見える。
暫くぼんやりと彼女に見惚れていると、不意に彼女が両の手の平からぬるりとした視線をこちらに向けた。
そしてぴたりと泣き止むと、今度は私の腕を物凄い力で掴みあげる。
「知ってる。しぃちゃんには切れない。あたしのこと好きじゃないから。自分の為に、あたしを傷付けたくないんだよね。他人の傷なんて負えないんだよね。なんでなんでなんでなんで私はこんなに好きなのに!私はお前の傷なら背負えるのに!!こんな風にさぁ!!!ほらぁ」
瞬間、鋭い痛みが私の手首に走る。
カッターの刃が眼前の空を切る。
ぱっくりと口を開けた手首は思い出したみたいにだらだらと赤い涎を垂れ流す。
「あ、あぁあ、あ!血、血が…ごめんしぃちゃん、ごめんね、ごめんなさい。あぁ、こんなに血が…やだやだ死なないで、違うのこんなことしたかったんじゃないの、しぃちゃんしぃちゃん」
さっきの乾いた表情がみるみる崩れて、別人みたいにめろ子は取り乱す。
あぁ、そっか、この子は
「愛しているわ、めろ子。」
「……………あ、…ぁ…
あぁあ゛ああぁ゛あああうわぁあぁああ!!!」
ただ愛されたいんだ。
何かを傷付けたい訳でも、自分が傷付きたい訳でもなくて、ただ愛されたいだけなんだ。
絶叫が収まり、しゃくり上げる彼女の頭を胸元に抱き込んでやるとめろ子は少し落ち着いたみたいだ。
「…しぃちゃんごめんね。」
出血はまだ止まらない。
思ったよりも深いこの傷は、きっと一生残る傷跡になるだろう。
「いいわ、別に。失血死も悪くないもの。」
「うん。ごめんね、しぃちゃん。愛してる。」
「私もよ。」
愛しい愛しい恋人。
だから早くあたしを殺して。