セックスと言葉と
25時30分を少し過ぎた頃。
安っぽいホテルの部屋の中で折り重なるみたいに、あるいは死んでるみたいに息をする私たちがいる。
彼の身体の一部が私の身体の一部からずるりと抜け出ていって喪失感と安堵感に息を漏らして腕を放り投げる。
内臓を引きずり出されては押し戻されるようなその感覚を快感と錯覚するようになったのはいつからだろう。
「ねぇ、好きだよ。大好きだよ。」
彼は優しい人だと思う。暖かい人だと思う。
しかし彼は言葉を蔑ろにする人だ。
嫌いだと簡単に口にして好きだという言葉は滅多にくれない。
なんて不器用な唇なんだろう。
少し前にそれで彼をこっ酷く叱り付けたら、以来彼は好きだと口にするようになった。
「あー、うん。…私も好きだよ。」
しかしそれは専らセックスの前か最中か、でなければセックスが終わった後。
私の返事を聞くと彼は幾らかほっとしたようで、そこで今日初めて心から安らいでいる証拠であるあの独特のふにゃりとした猫みたいな微笑みを浮かべた。
私が求めていたのはこの温もりなのか。
彼の気持ちを疑う訳ではない。
が、
好きだと言えば許されるのだろうか。
言葉に気持ちは伴っているのだろうか。
彼は何を怯えているのだろうか。
彼もまた怖いのだろうか。
使い終わったカイロみたいに、身勝手に暖を取られて捨てられてしまうことが。
だから言葉にしがみつこうとしているのだろうか。
これは私の求めていたことなのだろうか。
気怠い身体をずるずると引きずって彼の胸元へ擦り寄る。
顔を埋めて鼻孔まで彼で一杯に満たしていく。
離れないで。お願い、このままで。
「……どうしたの」
「なんでもない。」
「…ねぇ、好き。大好きだよ。」
「………うん。」
空っぽの言葉を誤魔化すようにどちらともなく唇を盗み合って目を閉じる。
虚しさに抱かれて私は睡魔へと溺れていった。