文字の海。言葉の星。

▽ しゃかい の ごみ

タイトル未定の物語2

「天使。」

長い沈黙の中で僕が発した言葉はとても素っ頓狂なものだった。

すると彼女の方も今まで僕に気付いていなかったのか、僕の言葉にぴくりと反応するとゆっくりとこちらを向いた。

僕の時間が止まった。

息をすることも儘ならなくて僕の黒い瞳は白い天使に釘付けになっていた。

「…変わってるね。私を見ても怖がらないなんて。」

彼女は声までもどこか白い響きを帯びていた。
澄んだ声が優しい振動になって僕の鼓膜をそっと叩くのがくすぐったい。

「あの、それってどういう」
「愛融病なの、私。だからこんなんなの。大抵の人はこの容貌を見ただけで怖がって目も向けようとしないのに。」

愛融病。

たしか、恋愛性心融病…だったか。
何千年かに一度、何億人にたった一人の確率で発症する難病がある、と昔読んだ本に書いてあった気がする。

「知ってる?愛融病。」
「名前だけは。確か、凄い難病だって…。」

人事みたいに淡々と言葉を紡ぐ彼女に呆気を取られて、先程あったばかりなのに天使だと盛大に口を滑らせたことを詫びることも、自己紹介というのも変だけれど名乗ることすら出来なかった。

「そう。…心臓がね、溶けてしまう病気なの。」
「え、」
「普段は全然平気。ただね、恋をしてしまうと切なさに心臓が耐え切れなくて溶け出してしまうの。」

心臓が溶ける。溶ける?
まさか。そんな馬鹿な。お伽話じゃあるまいし。そんなことがあり得るのか。
もし、もしもあり得るのだとしたら。
恋をして心臓が溶けて死ぬなんてそんなことあり得るのだとしたら。
―――――なんて美しいんだろう。

「恋を自覚すればたちまち1週間で心臓が溶けきって死ぬわ。だからパパもママもこんな時間にこんな場所じゃないと外に出してくれないの。でもまさか人が、しかも男の子がいるなんて、二人とも到底考えもしないでしょうね。」
くすくすと笑う彼女の笑顔にあどけなさを垣間見る。
「あの、それ、その病気、いいね。凄く綺麗だと思う。あの、それは治らないものなの?」

僕は何と言っていいか分からなくてただ思ったことを口にした。しまったと思ったが彼女は興味深そうに赤い瞳で僕を覗きこんできてまたくすくすと笑った。

「……面白いね、君。名前を教えてくれたら答えてあげる。」

「…シン…。」

彼女が僕の隣にぺたんと座った。
僕は魔法にかかったみたいにぽつりと自分の名を名乗った。

「シン。私はルカ。さっきの質問ね。愛融病は治るわ。発症者が恋に落ちた相手が同じように発症者を心底愛してキスしてくれたらね。」

愛する者のキスだって。嗚呼、なんて美しいんだろう。

「でもね」

「相手の愛が心からの物でない場合、そのキスは猛毒になって体内を回り、二人とも即死してしまうの。」